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「日本語が亡びるとき」の要約

第215号(「日本語が亡びるとき」を読んで) の補足です。

水村美苗著「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」の要約です。

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1章 アイオワの青い空の下で<自分たちの言葉>で書く人々」と「2章 パリでの話」は省略します。

3章 地球のあちこちで<外の言葉>で書いていた人々

人類はほとんどの場合、「普遍語」(そのあたり一帯を覆う、古くからある偉大な文明の言葉)で読み書きしてきた。
ヨーロッパではラテン語、東アジアでは中国の古文が普遍語にあたる。
学問とは「普遍語」でするのがあたりまえだった。

近代に入り、もとは「現地語」でしかなかった言葉が、翻訳という行為を通じ、「普遍語」と同じレベルで機能するようになった。それが、「国語」である。

国語は普遍語と同様、抽象的な概念を語れると同時に、普遍語と異なり、日常的なことを語ることができる。そのために、各国で近代文学が花開いた。

4章 日本語という<国語>の誕生

日本が生き延びるために、普遍語(当時の三大外国語)を翻訳しやすい日本語の書き言葉を作る必要があった。その結果、日本語は「現地語」から「国語」になった。

5章 日本近代文学の奇跡

日本語で学問するとは次の二つを意味していた。

  • 翻訳者=紹介者の域に留まらざるをえない。
  • 日本の「現実」を真に理解する言葉をもてない

西洋語の翻訳で捉えられない日本の「現実」を描こうとして日本近代文学は生まれた。

6章 インターネット時代の英語と<国語>

英語の力を強化した要因は次の3つ。

  • イギリス・アメリカと続いた英語圏の圧倒的な軍事的、経済的、政治的な力。
  • 非西洋人が英語で「学問」に参加するようになった。
  • インターネットでは様々な言語が流通しているが、実はインターネットは言語の序列づけを強化している。(グーグル「大図書館」計画の影の部分 参照)
     

7章 英語教育と日本語教育

(1)日本人が日本語に自信と誇りを持てない理由

表音主義(「書き言葉」は「話し言葉」の音を書き表したものにすぎない)が輸入され、信じられたから、日本人が日本語に自信と誇りを持てなくなった。
しかし、表音主義は誤った言語観である。

(2)英語教育の目的

国民の一部がバイリンガルになることを目的とすべき。

(3)日本語教育

学校で日本近代文学をもっと教えるべき。

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